台北から電車で1時間ほどの山あいに、猴硐(ホウトン)という小さな町がある。かつては台湾でいちばん石炭を掘り出した町だったが、炭鉱が閉じたあと、猫の村として知られるようになった。駅のホームから猫の絵や看板が出迎えてくれる。
ただ、猫村は今、大きな曲がり角にいる。2015年に189匹が名簿に載っていた猫は、2026年1月の報道では約30匹まで減った。この記事では、炭鉱の歴史から猫村の誕生、猫が減った理由、今の見守りの体制、台北からの回り方と費用までをまとめた。
基本データ
| 項目 |
内容 |
| 場所 |
台湾・新北市瑞芳区 猴硐(台湾鉄道 宜蘭線・猴硐駅のそば) |
| 人口 |
炭鉱の最盛期は900戸余・6,000人余。今は数百人 |
| 猫の数 |
約30匹(2026年1月の報道。最盛期は200〜300匹) |
| 猫の世話 |
地元のボランティアが毎朝7時ごろに食事 |
| 拠点 |
猴硐貓公所(2026年2月から台湾防止虐待動物協会が運営) |
| 入場料 |
なし(村の中を歩いて回る) |
| 店 |
駅のまわりに麺の店、カフェ、猫グッズの店 |
| 駅の利用 |
2025年 52万3,687人(1日平均724人) |
| 東京から |
羽田→台北松山 約4時間+電車約1時間 |
| 航空券 |
往復 約4.8万〜7.5万円(時期による) |
人口は新北市観光旅遊局のパンフレット(2022年1月)、駅の利用者数は中国語版Wikipediaによる。
歴史・由来
「猴洞」から「猴硐」へ
新北市観光旅遊局のパンフレットによると、昔この地の洞穴に猿が群れて住んでいたことから「猴洞」と呼ばれた。日本統治時代、炭鉱の人たちは坑道に水が出るのを嫌ったため、さんずいの「洞」を石へんの「硐」に変えた。1962年には「猴の字は品がない」として「侯硐」に改められ、駅名も変わったが、地元の声で元に戻った。中国語版Wikipediaによると、駅名が「猴硐」に戻ったのは2013年12月10日だ。
台湾一の炭鉱の町
1920年1月27日、鉄道の宜蘭線が瑞芳から猴硐まで延び、炭鉱と駅が線路でつながった。1934年には李建興が「瑞三鉱業」をつくり、1990年に閉山するまで台湾でいちばん産出量の多い炭鉱だった(新北市観光旅遊局)。英語版Wikipediaによると、最盛期には年に22万トンを掘り出していた。
最盛期には900戸余り、6,000人余りが暮らしたが、閉山後は人が減り、今は数百人が住むだけになった。新北市は2005年ごろから選炭工場などの整備を進め、炭鉱の歴史を伝える「猴硐煤鉱博物園区」をつくった。
猫村のはじまり
国立臺灣大学の葉文琪さんの修士論文(2016年)によると、きっかけは2007年。猫の写真で知られる簡佩玲さんが猴硐を訪れ、百匹を超える街の猫が集まっているのを見つけた。猫たちの写真と呼び名、物語をブログやFacebookに載せると評判になり、ネットで集まったボランティアが掃除や食事、医療、不妊手術に取り組むようになった。
論文は、猫村の名が広まったのが博物園区の開園の半年前だったという地元の人の言葉も紹介している。新北市が5年と2億台湾ドルをかけて整えた炭鉱の施設より、猫のほうが人を呼んだわけだ。
| 年 |
できごと |
| 2007年 |
写真家の簡佩玲さんが猴硐の猫を撮り、ネットに載せる |
| 2009年 |
猫の写真展など、ボランティアの活動が始まる |
| 2011年 |
「319愛猫協会」が団体として発足 |
| 2013年11月 |
CNNが「世界6大猫スポット」の一つに選ぶ |
| 2015年 |
新北市が猫の名簿づくり。189匹を登録 |
| 2024年4月 |
猫公所が開所(約1年で委託が終わる) |
| 2026年2月 |
台湾防止虐待動物協会が猫公所の運営を始める |
貴志駅の「たま」とのつながり
同じ論文によると、和歌山の貴志駅で猫の駅長「たま」が人気を集めていた先例もあって、台湾鉄道も猴硐駅に猫のスタンプや案内板を置いた。初期の人気猫「四大天王」の一匹「黒鼻」は、亡くなったあと台湾鉄道から「猫駅長」の称号を贈られている。海を越えて、猫の駅長の話がつながっているのはうれしい。
観光客の数
論文には、新北市観光旅遊局がまとめた博物園区の月ごとの来訪者数が載っている。2013年は月に3万7千〜6万7千人ほどだったが、CNNに選ばれたあとに増え、旧正月の2015年2月には9万7,577人に達した。住民500人余りの地区に、休日は千人単位の観光客が押し寄せたという。
猫の暮らしと保護活動
猫はなぜ減ったのか
鏡週刊(2026年1月)によると、猫の数は2024年4月に約172匹、2026年1月には約30匹まで減った。理由として挙げられているのは次の3つだ。
- 不妊手術(TNR)が進み、新しく生まれる子猫が減った
- 猫たちが高齢になった
- 観光客が与えた、中身のわからないペースト状のおやつ
地元の里長からは、猫を少し繁殖させてマイクロチップを入れて村に戻そう、という案も出た。これに対し農業部(日本の農林水産省にあたる)は、野良猫を勝手に繁殖させることを禁じ、地方の動物保護機関の許可が必要だとしている。動物保護団体や市民からも、人気のために猫に負担をかけるべきではないと反対の声が上がった(鏡週刊)。
Taipei Times(2026年1月)は、猫が減ったのは管理の失敗ではなく、不妊手術と医療、長い見守りがうまくいった結果だという見方を紹介している。日本の愛媛・青島で、TNRを徹底したあと猫が自然に減っていった例も引き合いに出されている。
名簿・チップ・ワクチン
論文によると、新北市の動物保護防疫処は2015年の6月・7月・10月に、9人の獣医師を猴硐に送り、猫の名簿づくり、不妊手術、マイクロチップ、ワクチンを行った。このとき189匹が名簿に載った。
聯合報(2026年2月)によると、今の猫はみなマイクロチップが入り、不妊手術とワクチンを済ませていて、勝手に連れて帰ることは禁じられている。不妊手術を済ませた猫は、片耳の先を小さくカットして目印にしている(英語版Wikipedia)。
猫公所
猴硐駅の近くにある「猫公所」は、台湾鉄道の古い宿舎を改装した建物だ。2024年4月に開いたが、運営の委託が約1年で終わり、世話の体制に空白ができた(Taipei Times、鏡週刊)。2026年2月からは、新北市の委託で台湾防止虐待動物協会が運営している。遠見雑誌(2026年4月)によると、隔離の部屋と譲渡の部屋があり、具合の悪い猫の治療と、子猫や保護した猫の譲渡の拠点になっている。2026年8月8日の国際猫の日には、ここで譲渡会も開かれた(ETtoday)。
毎朝7時ごろ、ボランティアが食事を配りながら猫の「点呼」をしているという(遠見雑誌、聯合報)。
2026年4月の事件
2026年4月10日、猴硐の広場と猫公所の裏口のあたりで、猫5匹がトウガラシのスプレーをかけられる事件があった。28歳の男が動物保護法違反の疑いで送検されている。猫たちは目を開けられなくなったが、獣医師が生理食塩水で洗い流し、食欲も戻って落ち着いたと報じられた(聯合報)。猫たちは村の人とボランティアに見守られて暮らしている。訪ねる人も、猫をおどかしたり、いじめたりする人を見かけたら、近くの店や猫公所に知らせたい。
見どころ
- 猫村(駅の裏の山側):手描きの猫の絵があちこちにあり、猫の情報を伝える「猫咪資訊站」もある
- 猫橋:駅と猫村を結ぶ、人と猫が一緒に使う陸橋。猫の足あとや写真、猫用のジャンプ台があり、公共工事の金質賞を受けている(新北市観光旅遊局)
- 整煤廠(選炭工場跡):駅を出て右手の黒い大きな建物。1920年秋に完成し、かつては台湾でいちばん進んだ選炭工場だった
- 運煤橋:基隆河をまたぐアーチ橋。石炭を選炭工場へ運ぶために架けられ、今の姿は1965年に造り直されたもの
- 願景館:選炭工場の倉庫を使った展示館。炭鉱の町の歴史を写真と映像で紹介する
- トロッコ:坑道を走るトロッコに乗れる。2024年の報道では大人150台湾ドル、9:00〜18:00
モデルコース
台北から日帰り(台湾旅行の1日を使う)
時刻は一例。猫の食事の時間(朝7時ごろ)は観光客向けの催しではないので、見物に行くものではない。朝早めに着くと、人の少ない時間に村を歩ける。
| 時刻 |
行程 |
| 8:00ごろ |
台北駅から台湾鉄道の区間車(各駅停車)に乗る |
| 9:00ごろ |
猴硐駅に着く。猫橋を渡って猫村へ |
| 9:00〜10:30 |
猫村を散歩。猫公所も見る |
| 10:30〜12:00 |
整煤廠、願景館、トロッコで炭鉱の歴史を知る |
| 12:00 |
駅前で昼ごはん |
| 13:00〜 |
平渓線で十分へ足をのばすか、九份へ向かう |
東京からは2泊3日以上で
羽田からの直行便は約4時間。台北に着いた日に猴硐まで行くのは慌ただしいので、2泊3日以上の台湾旅行の1日にあてるのが現実的だ。九份や平渓線と組み合わせれば、台北の北東を1日で回れる。
東京からの行き方と費用
| 区間 |
時間 |
目安 |
| 羽田→台北松山 |
約3時間50分 |
往復4.8万〜7.5万円 |
| 台北駅→猴硐駅 |
約50分〜1時間 |
台湾鉄道 |
| 瑞芳駅→猴硐駅 |
1駅(4.6km) |
鉄道か808番バス |
| 九份→猴硐 |
タクシー約10分 |
350台湾ドル |
羽田→台北松山の直行便は、JAL、ANA、エバー航空、チャイナエアラインが飛んでいて、1日8便ほど(KAYAK、2026年10月確認)。往復運賃はKAYAKの表示で、最も安い月が8月の4万7千円台、高い月が2〜3月の7万円台と、時期で大きく変わる。あくまで目安として見てほしい。
台北駅から猴硐駅へは、宜蘭線の区間車で乗り換えなしで行ける。運賃は台湾鉄道の公式サイトで確かめたい。瑞芳駅からは、車内も外も猫の絵で飾った「猫バス」(808番)が猴硐まで走っていて、1時間おきくらいに出る(新北市観光旅遊局、2022年)。九份からのタクシーの所要時間と料金は英語版Wikipediaの記載で、古い情報の可能性がある。
費用の目安:航空券が往復約4.8万〜7.5万円。これに台北の宿代と、鉄道・トロッコなどの小さな出費が加わる。
ベストシーズン・猫に会いやすい時間
- 時間:論文は、休日の観光客の多くが朝10時ごろから夕方5〜6時ごろまでいて、それがちょうど猫の寝ている時間に重なると指摘している。朝早めに行けば人が少ない(混み具合のデータは2015年ごろのもの)
- 曜日:平日のほうが人は少ない。旧正月の時期は特に混む(2015年2月の来訪者は約9万7千人)
- 天気:新北市観光旅遊局のパンフレットは、猴硐を「山が多く、風も雨も多い」土地と紹介している。論文も、強い風と雨で猫が体調を崩しやすいと書いている
猫に会いやすい季節がいつかは、出典では確認できない。今は猫の数が少ないので、季節を問わず「会えたら幸運」と考えておくのがいい。
持ち物
- 雨具:雨の多い土地。折りたたみ傘があると安心
- ゴミ袋:ゴミを捨てないのは守るべきルールの一つ。持ち帰れるように
- 小銭(台湾ドル):駅前の店やトロッコ用に
- 歩きやすい靴:猫村は山の斜面にあり、階段が多い
- おやつは持っていかない:観光客のエサやりは禁止。猫が減った理由の一つにもなっている
訪ねるときのマナー
新北市の猫公所は、猫にやさしくするための「5つのルール」を掲げている(ETtoday、2026年8月)。
- 飼い猫を捨てない
- 飼い猫にはマイクロチップ、不妊手術、ワクチンを
- 大声を出さない、猫を追いかけない
- ゴミを捨てない
- 猫にエサをあげない
聯合報は、声をかけるなら小さな声で、写真は少し離れて座って撮り、無理に触ったり抱き上げたりしないよう勧めている。寝ている猫を起こさない、フラッシュを使わない、も心がけたい。
よくある質問
Q. 猫にエサやおやつをあげてもいい?
だめ。観光客のエサやりは禁止で、ボランティアが毎朝決まった時間に与えている。観光客の与えたペースト状のおやつは、猫が減った理由の一つに挙げられている。
Q. 今でも猫に会える?
会える可能性はあるが、2026年1月の報道で約30匹と、かつてより少ない。「たくさんいる」と期待しすぎず、会えたらラッキーくらいの気持ちで行こう。
Q. 台北から日帰りできる?
できる。台北駅から乗り換えなしで1時間ほど。午前中を猴硐、午後を九份や平渓線にあてる回り方もできる。
Q. 雨の日でも行ける?
行けるが、猫村は屋外の斜面なので足元が滑りやすい。猫も雨の日は物陰にいることが多い(一般論)。願景館などの屋内の施設と組み合わせるといい。
Q. 犬を連れて行ってもいい?子ども連れは?
論文(2016年)によると、当時の猴硐には「犬を連れての来訪はおすすめしない」という掲示があった。今の決まりは確認できなかったが、猫を驚かせないためにも、犬連れは避けたほうがいい。子ども連れなら、猫を追いかけない、大声を出さないことを先に話しておこう。
Q. 気に入った猫を連れて帰れる?
勝手に連れて帰ることは禁じられている。猫はみなマイクロチップで管理されている。猫の譲渡は猫公所が窓口になっている。
合わせて行きたい周辺スポット
- 九份:英語版Wikipediaによると、猴硐からタクシーで約10分。猴硐から九份へ歩いて抜けるハイキング道も2本ある
- 大粗坑歩道:かつて金を掘った集落の跡を通る道。整備された古道を2時間ほど歩くと九份に着く(新北市観光旅遊局)
- 平渓線と十分:新北市観光旅遊局は、猴硐から平渓線に乗って十分・平渓へ回るコースを紹介している
- 金字碑古道:清の時代に台北と宜蘭を結んだ淡蘭古道の一部。岩に刻まれた詩が残る、国の古跡
編集部のひとこと
猫が減ったのは、手術で不幸な子猫が生まれなくなった結果でもある。人気の猫スポットが、次の段階に進んでいるとも言える。炭鉱の町が猫に救われ、今度は町の人たちが最後の猫たちを見送ろうとしている。その時間を静かに見守れる旅人でいたい。
関連項目