イスタンブールは、猫が「誰かの飼い猫」でも「迷惑な野良」でもなく、街の住人のように暮らしている都市だ。路地の階段、カフェの椅子、モスクの前庭。歩いていると、本当にどこにでも猫がいる。
ただ、この「猫の都」も、いつも猫にやさしかったわけではない。猫が殺された時代を経て、今は市が犬猫あわせて年に3万件以上の不妊手術をし、2025年11月にはエサやりの場所にも決まりができた。この記事では、猫と街の歴史、有名な猫たち、現地での1日の回り方、費用、季節、マナー、よくある質問までをまとめた。
基本データ
| 項目 |
内容 |
| 場所 |
トルコ共和国イスタンブール(ヨーロッパ側とアジア側にまたがる) |
| 人口 |
約1,575万人(2025年末、トルコ統計局の発表) |
| 猫の数 |
推計に大きな幅がある(約12.5万匹〜100万匹超という数字まで) |
| 市の不妊手術 |
2025年の数字として31,361件(犬猫あわせて、市の獣医局) |
| エサやり |
2025年11月から指定の場所だけ。学校・病院・礼拝所・公園などは不可 |
| 見どころ |
旧市街・アヤソフィア周辺、アジア側のカドゥキョイ、トンビリ像 |
| 入場料 |
街歩きは無料。アヤソフィアは外国人25ユーロ(2024年1月〜) |
| お金 |
トルコ・リラ。物価の変動が大きい |
| 東京から |
羽田・成田から直行便で約13時間 |
| 航空券 |
往復10万円台からの表示(時期で大きく変わる) |
人口はトルコ統計局による2025年12月31日時点の数字(15,754,053人、DHAの報道)で、前の年より52,451人増え、トルコの人口の18.3%にあたる。
歴史:猫と街の長いつき合い
猫がここまで多い理由は、一つには決まっていない。ただ、猫と街の関係がずっと穏やかだったわけではないことは、記録に残っている。英語版Wikipediaがまとめている主なできごとはこうだ。
| 時期 |
できごと |
| 1830年代 |
オスマン帝国の当局が、猫の大がかりな駆除を行った |
| 1920年代後半〜 |
市が定期的に駆除を行うようになる |
| 1937年 |
ベイオール地区で1日に341匹が捕まり、4日で1,087匹が殺されたと新聞が報じた |
| 1940〜41年 |
1万5千匹以上が殺された |
| 1996年 |
国連の会議(ハビタットII)を前に、20万匹以上の犬猫が殺された |
| 2021年 |
法改正で、動物は「物」ではなく「生き物」に。虐待は6か月〜4年の拘禁刑、不妊手術も義務に |
今のように猫が堂々と寝そべっていられるのは、こうした歴史のうえに、街の人たちが猫を見守ってきた結果でもある。
猫の暮らしと保護活動
市の獣医局の仕事
イスタンブール広域市の獣医局は、獣医師90人を含む344人、動物を運ぶ車34台で、飼い主のいない動物の診療・ワクチン・不妊手術を行っている。施設は、保護施設5か所、自然の中の飼育場4か所、ワクチンと治療の拠点1か所。
獣医局のページに載っている2025年の数字は次のとおり。
| 項目 |
件数 |
| 診察・治療 |
130,789件 |
| ワクチン |
31,740件 |
| 不妊手術 |
31,361件 |
| 譲渡 |
745匹 |
飼い主のいない猫は、希望する人に譲渡され、引き取り手が見つからない猫は、手術などのあともといた場所に戻される。街の猫の多くは、こうして市の手を借りながら暮らしている。
2024年の法改正と、2025年のエサやりの決まり
2024年には動物保護法がふたたび改められ、自治体は2028年12月31日までに野良動物を保護施設に収容することが求められた。主な対象は犬で、市は施設づくりと不妊手術を急いでいる(Hürriyet Daily News)。
そして2025年11月25日、イスタンブール県のダウト・ギュル知事が、無秩序なエサやりをやめさせる通達を出した。街のあちこちにエサ場が散らばると、ネズミや害虫が増え、衛生や安全の問題になる、というのが理由だ。エサやりは決められた場所でだけ行い、校庭・病院・礼拝所・公園・遊び場では認められない。モスクの前庭でおやつを配るのも、旅行者は控えたい。
猫と病気のこと
英語版Wikipediaによると、2000〜2014年にイスタンブールで報告された人の狂犬病21件のうち、猫が原因のものはなかった。裏を返せば、狂犬病そのものは報告されている。
街の猫の健康については研究もある。2015年にイスタンブール大学チェラフパシャの研究者が野良猫316匹を調べたところ、アナプラズマやバルトネラなどの病原体が1.8%、ヘパトゾーンが3.4%で見つかった(英語版Wikipedia)。猫にとっても人にとっても、外で暮らす猫との距離は近すぎないほうがいい。かまれたり引っかかれたりしたら、すぐに傷口を石けんと水で洗い、医療機関にかかろう。
有名な猫たち
トンビリ(カドゥキョイ)
アジア側のカドゥキョイで、歩道のふちに片ひじをついて寝そべる姿の写真が世界中に広まった猫。トンビリが死んだあと、そのポーズのままの像がつくられ、2016年10月4日にお披露目された(英語版Wikipedia)。今も像の前で同じポーズをまねて写真を撮る人がいる。
グリ(アヤソフィア)
アヤソフィアで暮らしていた猫で、2004年ごろに生まれ、2020年に16歳で死んだ。観光客にもよく知られた「アヤソフィアの猫」だった(英語版Wikipedia)。
映画『猫が教えてくれたこと』
2016年製作のアメリカのドキュメンタリー(原題 Kedi、79分)。監督はジェイダ・トルン。日本では2017年11月18日に公開された(映画.com)。地面から10cmほどの高さにカメラを置き、7匹の猫と、猫を見守る街の人々を追っている。旅の前に見ておくと、街の歩き方が変わる一本だ。猫が出てくる映画は猫が出てくる映画にもまとめている。
現地での1日の回り方
羽田を夜に出る便なら、イスタンブールには朝5時前に着く。着いた日をそのまま使うか、一度休んでから動くかで組み方が変わる。以下は、街歩きで猫に会う1日の例。
| 時間帯 |
行程 |
| 朝 |
旧市街スルタンアフメット。アヤソフィアを見学(外国人25ユーロ) |
| 昼前 |
旧市街の路地を歩く。猫は日なたや店先に多い |
| 昼 |
エミノニュ周辺で昼ごはん |
| 午後 |
エミノニュから船でアジア側のカドゥキョイへ |
| 午後 |
カドゥキョイの街歩き。トンビリ像を探す |
| 夕方 |
船でヨーロッパ側へ戻る。夕日のボスポラス海峡 |
アヤソフィアは2024年1月15日から、見学目的の外国人は25ユーロの入場料がかかる。礼拝に来た人と見学の人は入口が分けられ、見学の人は2階の回廊からビザンツ時代のモザイクなどを見る(DHA)。モスクなので、肌を出しすぎない服装で行こう。
カドゥキョイとエミノニュを結ぶ船は1回65.21リラ(2026年7月20日から)。海を渡る移動そのものが観光になる。半日しかないなら、旧市街かカドゥキョイのどちらかに絞って、猫のいそうな路地をゆっくり歩くほうが楽しい。
東京からの行き方と費用
直行便(2026年10月時点の時刻表)
| 便 |
出発→到着 |
所要 |
| 羽田 朝発(ANA) |
8:15→15:25 |
13時間10分 |
| 羽田 夜発(ターキッシュ) |
21:45→翌4:55 |
13時間10分 |
| 成田 朝発(ターキッシュ) |
10:25→17:40 |
13時間15分 |
| 成田 夜発(ターキッシュ) |
21:15→翌4:40 |
13時間25分 |
帰りは、イスタンブールを夕方に出て翌朝羽田に着く便(17:25〜17:45発)と、深夜2:05に出て同じ日の夜に羽田に着く便がある。時刻は「えきから時刻表」の2026年の時刻表による。ダイヤ改正で変わるので、予約前に航空会社のサイトで確認したい。
空港から市内へは、地下鉄M11線(2023年1月開業、2026年6月にハルカルまで延伸)、空港バス「Havaist」(11路線)、市営バスがある(イスタンブール空港)。
費用の目安(大人1人)
| 項目 |
目安 |
| 航空券(東京⇔イスタンブール) |
往復10万6千円台からの表示(skyticket) |
| 市内の電車・バス(1回) |
46.20リラ(イスタンブールカード) |
| 船(カドゥキョイ⇔エミノニュ) |
65.21リラ |
| タクシー |
初乗り71.94リラ+1kmごとに47.92リラ |
| アヤソフィア |
25ユーロ(外国人) |
交通の運賃は、2026年7月20日からの新しい料金(Evrensel)。イスタンブールの公共交通は2026年に入って2月と7月の2回値上げされていて、物価の変動が大きい。行く直前に確かめてほしい。航空券は2026年10月時点のskyticketの表示で、乗り継ぎ便を選ぶとさらに安くなることもある。
日本国籍の人が観光で入国するときのビザの要否や滞在できる日数は、出発前に外務省や在日トルコ大使館の案内で確認しておこう。
ベストシーズン・猫に会いやすい時間
トルコ気象庁の平年値(1950〜2025年)を見ると、季節の違いがはっきりしている。
| 月 |
最高気温 |
最低気温 |
雨の日 |
| 1月 |
9.6℃ |
4.2℃ |
16.3日 |
| 4月 |
17.4℃ |
9.2℃ |
10.1日 |
| 7月 |
29.7℃ |
20.5℃ |
3.5日 |
| 10月 |
20.6℃ |
13.7℃ |
9.5日 |
- 春(4〜5月)と秋(9〜10月):気温がおだやかで、街歩きにちょうどいい
- 夏(6〜8月):雨がほとんど降らず、最高気温は30℃前後。日中は日陰で休む猫が多くなる
- 冬(12〜2月):雨の日が月に14〜16日ほど。12月の雨量は平年99.2mmと1年でいちばん多い。冷たい雨の日は猫も軒下にこもる
猫に会いやすい時間を調べた出典は見当たらなかった。一般論として、猫は朝と夕方に活発になることが多く、真夏の昼間は物陰で寝ていることが多い。
持ち物
- 歩きやすい靴:旧市街は坂と石畳が多い
- 肌を隠せるストールや羽織り:モスクに入るときに使う
- 交通系のICカード(現地で購入):電車・バス・船はイスタンブールカードで乗る
- ウェットティッシュ・石けん:猫に触ったあとや、万一引っかかれたときに
- 雨具:冬は雨の日が多い
- 猫のおやつは持っていかない:エサやりは指定の場所だけになった
訪ねるときのマナー
- エサやりは指定の場所だけ。学校・病院・礼拝所・公園・遊び場では認められない(2025年11月の通達)。旅行者がおやつを配って回るのは控える
- 猫は街の住人。寝ている猫を起こしたり、抱き上げたりしない
- お店の猫は、お店の人にひとこと聞いてから撮る
- モスクの中や前庭では、礼拝している人のじゃまをしない
- 野良猫に触ったあとは手を洗う。かまれたり引っかかれたりしたら受診する
よくある質問
Q. 猫は本当に何匹いるの?
だれも正確には数えていない。英語版Wikipediaには、約12.5万匹(飼い猫を含めると約20万匹)という推計から、100万匹を超えるという数字まで並んでいる。これだけ幅があること自体が、数えきれないほど多い、ということでもある。
Q. 猫にエサをあげてもいい?
2025年11月から、エサやりは決められた場所だけになった。学校や公園、モスクなどの礼拝所では認められない。旅行者は見守るだけにしておくのがいちばんだ。
Q. どこに行けば猫に会える?
街のどこにでもいるので、特定の「猫スポット」を探すより、路地や公園、店先をゆっくり歩くのがいい。アジア側のカドゥキョイには有名な猫トンビリの像があり、猫好きの立ち寄り先になっている。
Q. 猫に触っても大丈夫?
人なつこい猫も多いが、相手は飼い主のいない猫だ。触るなら猫が自分から寄ってきたときだけにして、触ったあとは手を洗う。イスタンブールでも人の狂犬病は報告されているので、かまれたり引っかかれたりしたら、その日のうちに受診しよう。
Q. 何日あれば楽しめる?
直行便で行けるので、現地2泊(機内1泊を含めて4日間)くらいから組める。旧市街とアジア側の両方を歩くなら、現地でまる2日あると余裕がある。
Q. 雨の日はどうする?
猫は軒下やお店の中に移るので、屋根のある市場や、店先をのぞいて歩くと会えることがある。冬は雨の日が多いので、雨具と、屋内で過ごす予定も用意しておきたい。
Q. 子ども連れでも行ける?
街歩きが中心なので、子ども連れでも楽しめる。ただ、子どもは猫に手を出しやすい。寝ている猫を起こさない、追いかけない、触ったら手を洗う、を出発前に約束しておこう。
合わせて行きたい周辺スポット
- アヤソフィア:旧市街の中心。見学目的の外国人は25ユーロ(2024年1月〜)。かつてグリが暮らしていた
- ボスポラス海峡の船:ヨーロッパ側とアジア側を結ぶ通勤の船が、そのまま絶景の遊覧になる
- カドゥキョイ:アジア側の港町。トンビリ像もこの区にある
編集部のひとこと
猫に会うために遠くまで行く、という旅の究極の形かもしれない。茶トラも黒猫もキジ白も、毛色も顔つきもさまざまで、猫好きは結局ぜんぶの猫が好き、を街ぐるみで見せてくれる。猫が殺された時代を越えて、今の姿がある。その暮らしを、旅人の一時の楽しみでかき乱さないようにしたい。
関連項目